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本編

第十三章 規律

規律は、破るときより、守る理由が薄くなったときに先に崩れる。最初のころ、彼の生活には細い線が何本も引かれていた。起床時刻。貯水の点検日。棚卸しの間隔。洗濯の順番。食料の開封順。記録を書く時間。工具を元の位置に戻すこと。就寝前に火気を確認する...
記録断片

記録断片五 人物メモ

人物メモ人物メモ男 四十代くらい左足を少し引く灰色の上着 袖口ほつれ棒状のもの所持視線は合う 長くは見ない声は低い「水はあるか」女 三十代くらい短髪左頬に細い傷作業手袋 片方のみ着用包帯を探していた咳なし受け取るとき中身を確認する癖あり老人...
本編

第十二章 役割

最初に違和感を覚えたのは、呼び方だった。少し離れた区画で、人とすれ違った。男だった。年齢は四十代にも五十代にも見えた。痩せていて、肩のところだけ妙に厚い上着を着ていた。右手に長い棒のようなものを持ち、歩き方は慎重だった。こちらに気づくと立ち...
本編

第十一章 住所

住所は、長いあいだ死ななかった。もっと先に消えるものはいくらでもあった。店の灯り、駅のアナウンス、道路標識の新しさ、季節商品を並べる棚、ガラス越しに人の気配が見えること。そういうものは早かった。機能が止まれば、その場で意味も薄くなる。だが住...
本編

第十章 交換

最初に物を渡したのは、交換のつもりではなかった。雨のあとの午後だった。空はまだ低く、地面の継ぎ目に水が残っていた。彼は旧道沿いの建物群を回った帰りで、背嚢には缶詰が二つ、乾電池の未開封パックが一つ、文具店跡で見つけた油性ペンの箱が入っていた...
記録断片

記録断片四 七日間表の放棄

一日目 貯水確認二日目 棚卸し三日目 外部四日目 洗濯五日目 記録整理六日目 機器点検七日目 休息三日目 → 雨天のため延期四日目 → 洗濯中止六日目 → 充電不足七日目 → 保留一日目 → 棚卸しに変更二日目 → 外部三日目 → 記録のみ...
本編

第九章 曜日

曜日が抜け落ちたのが、いつだったのかはわからない。日付はまだ残っていた。朝起きて、壁の脇に吊した小さな板に数字を書く。消して、また書く。月も年も、そのたびに古い記録と照らし合わせて補うことができた。正しいかどうかは別として、とにかく連続だけ...
本編

第八章 記録

書く理由は、最初は簡単だった。忘れないため。数を間違えないため。水の残量を把握するため。どこで何を見つけたか、次に行くべき場所はどこか、どの容器に何を入れたか、どの棚に何を置いたか。そういうことを書き残さなければ、生活はすぐにほころぶ。ほこ...
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第七章 外部

外へ出ると、世界は思っているより広く、思っているより薄かった。拠点の中にいると、世界は棚と通路と水と光でできている。どれも手の届く範囲にある。扉を閉めれば、危険は少なくとも向こう側へ押しやれる。だが外へ出ると、その境界はすぐに曖昧になる。危...
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第六章 地図

地図は、世界がまだ平らであるという仮定の上に成り立っている。広げれば見渡せて、辿れば着ける。道路は道路のまま続き、橋は橋として架かっていて、建物はそこにあり、記号は実物と対応している。そういう前提があるから、紙の上の線は役に立つ。役に立つと...