第十章 交換

最初に物を渡したのは、交換のつもりではなかった。

雨のあとの午後だった。空はまだ低く、地面の継ぎ目に水が残っていた。彼は旧道沿いの建物群を回った帰りで、背嚢には缶詰が二つ、乾電池の未開封パックが一つ、文具店跡で見つけた油性ペンの箱が入っていた。収穫としては多くも少なくもない。急いで戻る理由もなかったが、空の色がまた悪くなり始めていたので、足は自然と速くなっていた。

道路脇の立体駐車場の陰に、人がいた。

最初は置かれた荷物に見えた。壁際にしゃがみ込んで、濡れた布のようなものを抱えている。近づいて、ようやくそれが人だとわかった。四十代か五十代か、判断しにくい顔だった。顔色が悪いというより、顔から年齢の目印が剥がれていた。濡れた布に見えたのは毛布で、その下から痩せた膝が出ていた。

相手は彼を見ると、すぐには何も言わなかった。逃げる気配も、近づく気配もない。視線だけがこちらの背嚢のあたりを一度見て、それから外れた。

彼も立ち止まったまま、少し待った。

「水はあるか」

そう言ったのは相手のほうだった。

声は低く、乾いていた。命令ではなかった。頼みとも少し違った。ただ、その場でいちばん必要なものの名だけが出てきたような言い方だった。

彼は背中の側面ポケットから小さいボトルを一本出した。渡す前に、半分ほどしか入っていないことを確かめた。それでも差し出した。相手はためらわず受け取って飲んだ。喉を鳴らして、一気にではなく、二口、三口に分けて飲む。飲み干しはしなかった。最後に少し残して、蓋を締めて返してきた。

「ありがとう」

それで終わるはずだった。

だが相手は毛布の脇を探り、小さな缶をひとつ出した。ラベルは半分剥がれ、何の缶詰だったのか読めない。中身も確かではない。相手はそれを差し出した。

「これと」

彼は受け取らなかった。

「いい」

「いや」

相手は手を引かなかった。「もらうだけは嫌だ」

それは妙な言い方だった。誇りというほど強くもなく、礼儀というほど整ってもいない。ただ、一方的に受け取る形だけは避けたいという硬さがあった。彼は少し考え、缶を受け取った。重みで、中身がまだ入っているのはわかった。

それが、交換の始まりだった。

そのあと、似たようなことが何度かあった。

小さな懐中電灯の替わりに乾パン半袋。缶コーヒー二本の替わりにガスライターひとつ。風邪薬数錠の替わりに釘の束とビニール紐。どれも釣り合ってはいなかった。こちらが得をしたとも、損をしたとも言い切れない。そもそも基準になる値段がもう存在しないのだから、釣り合いを測ること自体が難しい。

以前なら、価値はもっと外側にあった。値札があり、相場があり、店があり、流通があり、それに基づいて人は「高い」「安い」を共有していた。水は何円、電池は何円、薬は何円。高すぎる、安すぎるという感覚も、大きな枠のなかで支えられていた。

いまは、その枠がない。

缶詰ひとつでも、相手によって重さが変わる。すでに食料を持っている者には、缶詰はただの備蓄だ。だが数日まともに口にしていない者には、その一缶が一日か二日を直接支える。同じ乾電池でも、ライトを持つ者には意味があるが、使う機器のない者には重いだけの金属でしかない。薬はもっと極端だった。頭痛薬や解熱剤は、それ自体の値段ではなく、痛みや熱からどれだけ離れたいかで価値が決まる。抗生物質に至っては、効くかどうかもわからないまま、ほとんど祈りに近い重みを持っていた。

一度、缶詰二つと小型のラジオを持ちかけられたことがある。

相手は男で、年齢は若く見えたが、目の下のくぼみのせいで実際より老けて見えた。ラジオは古いが壊れてはいないらしかった。乾電池を入れれば雑音くらいは拾うかもしれない。相手はそれを両手で持ち、「これ、まだ使える」と言った。

彼はラジオを見て、それから缶詰を見た。

少し前なら受け取ったかもしれなかった。音の出る機械、電波を拾うかもしれない機械、それだけで価値があった。だがそのころにはもう、通信機器に対する期待はかなり薄れていた。聞こえるものがあったとして、それが自分の生活を変えるとは思えなかった。雑音が増えるだけかもしれない。あるいは遠くの誰かの声が、かえって何の役にも立たない距離だけを知らせるかもしれない。

「いらない」

そう言うと、相手は理解できない顔をした。

「使える」

「わかる」

「じゃあ」

彼は少し言葉に詰まった。使えることと、要ることが一致しなくなっていた。役に立つかもしれない物でも、自分のなかで場所を与えられないものはある。棚に並べられない物は、持ち帰ってもノイズになるだけだった。

「いまは食うもののほうが重い」

そう言うと、相手はラジオを見下ろした。しばらくしてから、まるで急に壊れたものを見るような目つきになった。手に持っている機械の価値が、その瞬間だけ、本人のなかでも崩れたようだった。

交換は、取引というより、その場ごとの折り合いになっていった。

こちらが余っているものと、相手が差し出せるものを、うまく並べてみる。だが両者のあいだに共通の尺度はなく、最後は気分と必要の強さで決まる。譲る、受け取る、断る。その三つのどれかになるだけだ。そこには市場も契約もない。貸し借りという感覚も薄かった。次に会う保証がないのだから、返してもらう前提を置きにくい。一度渡したものは、その場で切れる。代わりに何かを受け取ることはあっても、それは未来の返済ではなく、単にいま均衡を取ろうとする動きにすぎない。

だから、奇妙なことに、交換の場では物よりも態度のほうが目立った。

きっちり釣り合わせようとする者がいた。こちらが缶詰一つを出すと、相手は釘を十本、紐を三メートル、石鹸の欠片をひとつ、といった具合に細かく並べた。足りないと思えばさらに何かを探した。逆に、ほとんど投げるように渡してくる者もいた。懐からまとめて取り出し、「このへんで」と言う。その雑さは無関心というより、もう秤を持つことに疲れているように見えた。

薬をめぐる場面だけは、いつも空気が違った。

腹痛、発熱、咳、傷の化膿。原因はわからず、診断もできず、それでも苦痛だけははっきりしている。そういうとき、人は差し出す物の量を急に増やす。乾電池も、工具も、缶詰も、着火具も、普段なら手放さないものまで出す。効く保証のない薬に対して、それだけ払おうとする。その様子を見るたびに、彼は薬の価値が高いのではなく、痛みから逃れたい気持ちの値段がそこに乗っているのだと思った。

一度だけ、断ったことがある。

若い女が、子供用らしい小さな靴と引き換えに薬を求めた。靴はほとんど新品で、底も減っていなかった。薬は解熱剤だった。彼は女の顔を見て、それから靴を見た。靴の持ち主はここにいないのだろう、とすぐにわかった。わかったが、それ以上は考えないようにした。

「それはいい」

「でも」

「薬だけ持っていけ」

女はしばらく動かなかった。受け取るかどうか迷っているというより、交換にならない形を受け入れきれないようだった。差し出す物がなければ、受け取る資格もない。そういう残り方をした規則が、まだ相手のなかにあったのかもしれない。

「あとで返す」

「返さなくていい」

そう言っても、女はすぐには薬に手を伸ばさなかった。最後には持っていったが、礼も言わなかった。礼を言うと、受け取りだけになってしまうからかもしれなかった。

帰ってから、彼はそのことを少し長く考えた。

一方的に渡すことは、正しいのかもしれない。困っている者に必要なものを渡す。それだけなら簡単だ。だが、交換という形を失うと、相手はただ不足している者になり、こちらはただ持っている者になる。その関係は、物のやり取り以上に重かった。等価でなくても、何かを差し出し合う形のほうが、まだ対面の輪郭が保たれる。逆に言えば、交換とは価値の均衡ではなく、人と人の高さを揃えるための手つきだったのかもしれない。

しかし、その手つきも長くは持たない。

持っているものが偏り、必要なものが切迫していくと、差し出せる物の幅は狭くなる。相手にとって価値があるものを、こちらがもう持っていないこともある。こちらが欲しいものを、相手が最初から持っていないこともある。そうなると交換は成立しない。ただ、渡すか、渡さないかだけになる。

その単純さは、少し怖かった。

値段がなくなっても、交渉は残ると思っていた。交渉がなくなっても、礼儀は残ると思っていた。だが実際には、必要と不足が前に出るほど、それらはすり減っていく。渡す。受け取る。断る。場面はそれだけで進む。人のあいだにあったはずの細かな調整が、少しずつ消えていく。

それでも彼は、外へ出るとき、交換できそうなものをいくつか持つ習慣をやめなかった。

乾電池。小さな石鹸。未使用のマスク。油性ペン。古いがよく切れるカッターナイフ。どれも自分にとって絶対ではないが、相手によっては必要になりうるものだった。持っていけば、何かと何かを入れ替える余地ができる。その余地がまだ残っているあいだは、世界は完全には閉じていない気がした。

ただ、その余地は以前よりずっと薄かった。

交換は、もう制度ではなかった。約束でも、相場でも、継続でもない。ただ、その場にいる二人が、いま手放せるものと、いま必要なものを見せ合って、しばらく黙る。その沈黙の長さのなかでだけ、価値が生まれたり消えたりする。

物の値段ではなく、物の切実さだけが残っていた。

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