地図はまだ壁に貼ってあった。鉛筆で足した名前は、まだ地図の上に残っている。けれど、名前の横を走る線は、古いままだった。周辺図、広域図、住宅地図の写し、店の裏手から川までを自分で描き足した紙。それらは以前と同じ場所にある。画鋲の位置も、紙の折り目も、赤鉛筆の線も大きくは変わっていない。変わったのは、地図を見るときの身体の反応だった。
前は、地図を見ると少し落ち着いた。拠点がどこにあり、川がどちらに流れ、橋がどこに架かり、曲がるべき角がどこにあるのか。それらを平面の上に置けるだけで、外へ出る前の不安は少し薄くなった。
いまは、地図を見ると先に疲れる。線はまだそこにある。道も、川も、建物名も、彼が書き込んだ矢印もある。だが、それらのどれがまだ働くのか、見るたびに確かめなければならない。
道が道であること。橋が渡れること。建物が入れる形で残っていること。目印が目印として立っていること。以前なら、地図はそれらをまとめて引き受けてくれた。いまはもう、引き受けてくれない。
朝、彼は東側の紙多い部屋へ行くつもりだった。そう名づけた場所は、古い学校の職員室だった。紙、文具、机、棚。用途としてはまだ生きているものが多かった。第十四章のあと、彼はそこを学校とは呼ばなくなっていた。呼ばなくなったことで、少し歩きやすくなった気がしていた。
紙多い部屋。その名前は正確だった。少なくとも、最後に行ったときにはそうだった。
地図の上では、拠点からそこまでの道は簡単だった。高架下を抜け、反射の角を避け、白い三階建ての手前で左へ曲がる。そこから二つ目の細道を進み、青いシートの門の向こうへ入る。彼の地図には、そう書いてあった。
だが、反射の角はもう反射しなかった。
コンビニ跡の割れたガラス面に、以前は朝の光がよく跳ねていた。遠くからでもわかるので、彼はそこを反射の角と呼んでいた。今日、そのガラスの多くは落ちていた。風か、雨か、何かが当たったのかはわからない。枠だけが黒く残り、光は跳ねない。
反射の角、と地図に書かれた場所は、もう反射しない角になっていた。彼は立ち止まって、ポケットから鉛筆を出した。地図の余白に小さく書く。
反射なし。
それだけでは足りない気がした。反射がないから危険が減ったのか。目印が消えたから危険が増えたのか。どちらとも言えない。反射があると、遠くから目立つ。反射がないと、近づくまでわからない。名前が失われると、危険も利点も同時に形を変える。
彼はもう一行足した。
目印として弱い。
その表現も少し違う気がしたが、ほかに書けなかった。
白い三階建ては、まだ白かった。
ただし、壁の白さは以前より鈍くなっていた。雨の筋が増え、下の方には黒い湿りが広がっている。遠くから見れば同じ建物に見える。近づくと違う。違うが、別の名前をつけるほどではない。
地図は、こういう中間の変化に弱い。
壊れた、なくなった、入れない。そこまで行けば書ける。だが、まだあるが少し違う、という状態は書きにくい。書かなければ、以前のまま残る。書けば、地図が細かくなりすぎる。細かくなりすぎた地図は、持ち歩く前から疲れる。
二つ目の細道へ入ろうとして、彼は足を止めた。
道は塞がっていた。
完全にではない。人が一人通るくらいの隙間はある。だが、倒れた塀と濡れた木材が斜めに重なり、その下には細い水の筋ができていた。踏めば抜けるかもしれない。抜けなくても、靴は濡れる。濡れた靴で紙を持ち帰るのはよくない。
地図には、ここに「通行可」と書いてある。その文字を見た瞬間、腹の奥が少し重くなった。
通行可。
書いたのは自分だった。いつ書いたのかも覚えている。雨のあとでも通れた。足場も悪くなかった。だから書いた。嘘ではなかった。
だが、いまは嘘に近い。
地図は嘘をつくのではない。地図は遅れる。遅れた地図は、結果として嘘に見える。
彼はその場で、通行可の文字に細い線を引いた。強く消すと紙が破れそうだったので、薄く一回だけ引いた。その横に、別の文字を書く。
雨後不可。
書いてから、また迷った。
雨後不可と言い切れるのか。今日だけかもしれない。あと二日晴れれば乾くかもしれない。倒れた塀を退かせば通れるかもしれない。別の季節なら問題ないかもしれない。不可、と書くのは強い。だが可のままにしておくのはもっと危ない。
彼は不可の横に小さく括弧を足した。
雨後不可(未確定)
未確定という言葉は便利だった。便利だが、地図の上に増えすぎると、地図全体が濁る。
迂回するしかなかった。
広い道へ戻り、少し北へ回る。地図ではその先に小さな公園があり、公園の脇から校舎の裏手へ抜けられるはずだった。以前、使ったこともある。地図には細い矢印を引いてある。
その矢印も、もう信用しきれなかった。
公園はあった。ベンチも、低い滑り台も、砂場も残っていた。だが公園の脇にあったはずの抜け道は、草で半分隠れていた。
草が伸びただけなら通れる。だが草の中に何があるかは見えない。ガラスかもしれない。針金かもしれない。穴かもしれない。地図には、草の伸びる速度がない。地図の線は、線のまま残る。現実の通路だけが、日ごとに幅を失っていく。
彼は入口でしゃがみ、草の根元をしばらく見た。
通れないわけではない。そう思った。通れる、でもない。そうも思った。地図の上では、通れるか通れないかを決めたい。現地では、その間がずっと長い。
彼は草の中へ入らなかった。
迂回をさらに延ばした。袋は空に近い。それでも、帰りには紙を持つ予定だった。無理をして進めば、帰りの判断がさらに細る。
判断が細る、という表現が浮かんだ。
疲れる、では足りない。怖い、でも違う。外にいる時間が長くなると、判断そのものの幅が狭くなる。選択肢はあるのに、見える数が減る。地図を開いても、線が多すぎて逆に読めない。
彼は公園の隅で地図を開いた。
紙の上には、これまで書き込んできた線と記号が重なっている。
通行可。
迂回。
犬なし。
反射。
紙多い。
雨後注意。
戻りやすい。
見通し悪い。
水臭い。
入らない。
その多くは、書いた時点では正しかった。
いま正しいかどうかはわからない。
彼はふと、地図が現実を表しているのではなく、過去の自分の判断を保存しているだけなのではないかと思った。
この道は通れる、と判断した自分。ここは危ない、と判断した自分。ここには紙がある、と判断した自分。ここから戻れる、と判断した自分。地図は世界の図ではなく、そのときどきの自分の判断の堆積になっていた。
だから古くなる。
世界が変わるから古くなるだけではない。自分の判断も変わる。怖さも、疲れも、持ち帰る物の優先順位も変わる。同じ道でも、前は通れて、今日は通れない。前は入れて、今日は入りたくない。前は重要だった場所が、今日はそうでもない。
地図がずれるのは、外だけの問題ではない。
彼はそのことを認めたくなかった。
紙多い部屋には、結局たどり着いた。
ただし、予定よりかなり遅かった。校舎の裏ではなく、正面側から回り、門の崩れた隙間を通った。地図では避けるはずだった場所だ。正面は見通しがよすぎる。校庭を横切る必要がある。彼は以前そう考えて、裏手のルートを使っていた。
今日はその正面のほうがましだった。
まし、という判断は地図に書きにくい。
安全ではない。危険でもない。推奨でもない。ただ、その日の条件ではほかよりましだった。地図は絶対の道より、ましな道ばかりを増やしていく。
職員室だった部屋には、まだ紙があった。
ただ、前より湿っていた。窓の隙間から雨が入り、机の上に置いてあった紙束の端が少し波打っている。棚の中のファイルはまだ乾いているものもあった。彼は使えそうなものだけを選び、布袋に入れた。
地図には、紙多い部屋と書いてある。
その名前も、いつまで使えるかわからない。
紙が減れば、紙多い部屋ではなくなる。濡れれば、紙はただの重い繊維になる。机が崩れれば、机の部屋でもなくなる。いま正確な名前は、次に来るときにはもう少しずれている。
彼は部屋の入口で、地図の余白に書いた。
紙あり。湿り進む。早め。
早め。
何を早めるのかは書かなかった。
回収を早めるのか。見切りを早めるのか。名前を変えるのを早めるのか。どれでもあった。
帰り道、彼は地図を何度も見た。
見たが、安心はしなかった。
むしろ見るたびに、地図の中の古い文字が目についた。通行可。反射。戻りやすい。紙多い。犬なし。そういう文字が、いつ書かれたものなのか気になった。
地図に日付を入れるべきだった。
そう思った。
だが、すべての書き込みに日付を入れれば、地図はさらに読みにくくなる。情報を足すほど正確になるとは限らない。足した情報が、次の判断の邪魔になることもある。
正確さと読めることは違う。
その違いを、彼は地図の前で遅れて知った。
拠点へ戻ったとき、彼はすぐに紙を棚へ置かなかった。
先に地図を机に広げた。壁から外した周辺図も、折りたたみ地図も、住宅地図の写しも並べた。今日通れなかった道、通らなかった抜け道、使った迂回路、弱くなった目印、湿りの進んだ部屋。書くことはいくらでもあった。
いくらでもある、ということがもう疲れだった。
彼は赤鉛筆で、今日通れなかった細道に斜線を引いた。
その斜線が正しいかどうかはわからない。
明日には乾くかもしれない。倒れた木材を動かせば通れるかもしれない。別の角度から見れば、もっと安全な踏み場があるかもしれない。
それでも、今日の自分は通らなかった。
地図に残せるのは、世界の真実ではなく、自分がその日そこで何をしなかったかだけなのかもしれなかった。
彼は斜線の横に書いた。
本日不使用。
通行不可ではない。
本日不使用。
そのほうが少し正確だった。
次に、反射の角の文字を消そうとして、手が止まった。消すのではなく、上から細い線を引き、その横に新しい文字を書く。
反射なし。旧目印。
旧目印。
その言葉を見て、少し嫌になる。
旧薬局、旧交番、旧学校。場所の名前に旧をつけてきた。それが今度は、自分のつけた目印にも戻ってきた。自分が作った名前さえ、もう旧になる。
彼は地図の隅に、新しい欄を作った。
地図誤差
その下に、三つだけ書く。
1 通行可の遅れ
2 目印の弱化
3 名称の変化
数字で並べると、少し管理できる気がした。
だが、すぐにその気分も薄れた。
これは誤差なのか。
誤差という言葉は、正しい値がどこかにあることを前提にしている。正しい地図があり、正しい現実があり、その間にずれがある。だが、いまの彼には正しい値がわからない。
地図が遅れているのか。現実が変わりすぎているのか。自分の判断が弱くなっているのか。
その三つを分けられない。
誤差ではなく、ずれ。
そう書き直そうとして、やめた。
ずれ、では広すぎる。地図誤差のほうがまだ使える。使える言葉が正しいとは限らない。正しくない言葉でも、しばらく道具になることがある。
彼は地図誤差という見出しをそのまま残した。
夜、壁に地図を戻す。
画鋲を押し込むと、紙の端が少し裂けた。裂け目は小さい。だがそこから次に破れそうだった。彼は裂け目の上に透明テープを貼った。
補修された地図は、前より少し見にくくなった。
テープの光が手元灯を反射し、細い道の一部が白く光る。その下に何が描かれていたか、角度を変えないと読めない。地図を守るための補修が、地図を読みにくくしている。
それでも貼らないよりはましだった。
まし。
その言葉ばかりが残る。
正しい道ではなく、ましな道。正しい名前ではなく、ましな名前。正しい記録ではなく、ましな記録。正しい地図ではなく、まだ使える地図。
彼は記録帳を開き、今日の欄に書いた。
地図は現実に遅れる。
現実だけではない。
自分にも遅れる。
書いてから、三行目だけをしばらく見ていた。
自分にも遅れる。
地図が外の変化に追いつかないことは、まだわかる。雨、草、崩れ、湿り、落ちたガラス。それらは外で起きる。
だが、自分がどの道を選べるか、どこで疲れるか、どの名前を信じられなくなるか、それも変わっていく。
その変化に、地図は追いつかない。
というより、彼自身も追いついていない。
壁の地図は、手元灯の外側で薄く光っている。赤い線、黒い丸、鉛筆の文字、消しかけの矢印。そこにはまだ世界があるように見えた。
けれど、その世界はもう、外の世界そのものではなかった。
過去の判断と、今日の訂正と、まだ消せない古い名前と、使えなくなった矢印が、一枚の紙の上で重なっている。
彼はしばらくそれを見ていた。
地図を見ているのか、自分の古い判断を見ているのか、少しわからなくなった。
それでも翌日も、彼はその地図を見るだろうと思った。
使えないから捨てる、というところまでは行かない。
まだ使える。ただし、信じるものではなくなった。
壁の地図は、目的地を示すものではなく、疑い始める場所になっていた。
地図の線の外側に、まだ何も書いていない白いところが残っていた。そこは場所というより、何かがあるかもしれないと思ってしまうための余白だった。