板を削ったときの白い粉は、しばらく爪の間に残っていた。その手で、彼は後日、薬局のレジ台に油性ペンを置いた。
最初に物を置いてきたのは、交換のつもりではなかった。
旧商店街の奥に、小さな薬局があった。看板は半分落ち、入口のガラスには細かいひびが入っていたが、内側の棚はまだ形を保っていた。
医薬品はほとんど残っていない。残っているのは、空箱、湿った説明書、使い道の曖昧なサポーター、色の褪せた栄養剤の瓶、それから包帯が一巻きだけだった。
包帯は、棚の奥に押し込まれていた。誰かが見落としたのか、必要なかったのか、それとも取る途中でやめたのかはわからない。包装は少し汚れていたが、破れてはいなかった。
彼はそれを手に取った。そのまま袋に入れようとして、少しだけ手が止まった。
レジ台が見えた。
カウンターの上には、古いレジスターがまだ置かれていた。電源は入らない。表示窓は黒く、硬貨を入れる引き出しは半分開いたままだった。中には10円玉が数枚と、錆びたクリップが残っていた。横には、ポイントカードの案内札が倒れている。期限も、会員番号も、今では何の意味もない。
彼は包帯を袋に入れたあと、ポケットから油性ペンを一本出した。未使用のものだった。
薬局で包帯を持っていく代わりに、レジ台の上に置いた。
等価ではない。そもそも、等価かどうかを決める相手がいない。包帯の値段はもう表示されていない。表示されていたとしても、それは以前の価格であって、いまの重さではない。
油性ペンも同じだった。書ける道具は貴重だが、傷を巻く布とは比べられない。どちらが高いかではなく、何に必要かが違う。それでも置いた。
置くことで、取ったことが少しだけ乱暴ではなくなる気がした。そう思ったあとで、彼はしばらくレジ台の黒い表示窓を見ていた。
店の中には誰もいない。誰も受け取らない。誰も礼を言わない。誰も釣銭を返さない。レジ台の上の油性ペンは、ただそこに残るだけだった。
次に来た自分が見るかもしれない。風で落ちるかもしれない。湿気で駄目になるかもしれない。
誰かの役に立つ可能性はゼロではないが、その誰かを想定すること自体が、もう少し嘘に近かった。
それでも、手は置き返した。
以前なら、手はここで止まらなかった。値札があり、会計があり、財布があり、釣銭があり、レシートがあった。買う側と売る側がいて、そのあいだに金額があった。高い、安い、得をした、損をした、という言葉は、レジの向こう側に置かれていた。
いまは、仕組みだけが抜けている。値札はまだ残っている。棚札も、バーコードも、レジも、金額表示も、領収書の束も残っている。だが、それらはもう物を動かさない。金額は数字として読めるが、判断には使えない。
298円の包帯と、120円のペン。そう書かれていたとしても、いまの世界ではその差が何を意味するのかわからない。必要なものは高くなる。必要でないものは、どれだけ高かったとしても軽くなる。それを高いとも軽いとも言ってくれる相手がいなければ、数字は棚札の上に残るだけだった。
別の日、彼は古いホームセンターの外売場で、園芸用の防水シートを見つけた。大きさは十分だった。屋上の補修に使える。
棚札には、かなり高い金額が印刷されていた。以前なら、買うかどうか少し迷ったかもしれない。今は迷わなかった。
そのかわり、持ち帰るまでの重さを考えた。
重さ、かさばり、帰路、雨の可能性、他に持ち帰るものとの兼ね合い。
金額の代わりに、身体と距離と手順が前に出る。物の価値は財布ではなく、背中と足に移っていた。
彼は防水シートを一枚だけ持ち帰った。残りはそのままにした。
全部を持ち帰れるなら持ち帰ったかもしれない。だが全部は無理だった。無理な量を見たとき、以前なら金額が制限になった。いまは身体が制限になる。買えないから諦めるのではなく、運べないから諦める。そこには、似ているようで違う冷たさがあった。
拠点に戻ってから、彼は持ち帰ったものを棚に置く前に、記録帳へ書いた。
防水シート 1
包帯 1 薬局
代置 油性ペン 1
代置。その言葉を自分で書いてから、少し変だと思った。交換ではない。支払いでもない。返礼でもない。誰にも届かない。
けれど、ただ取ったのではない、と自分の中で処理するために、何かを置いてくる。その行為に名前が必要だった。代置、と書くしかなかった。
それからしばらく、彼は外で物を取るたびに、置き返せるものがあるかを考えるようになった。水を取る代わりに、布を置く。紙を持ち帰る代わりに、古い乾電池を置く。工具を持ち帰る代わりに、余ったねじを置く。
意味があるとは思っていない。
置いたものが誰かに見つかる保証はない。見つかったとして、相手に必要なものかどうかもわからない。
むしろ、自分にとって不要になったものを置いているだけではないか、と思うこともある。不要なものを置いて、必要なものを持ち帰る。
それを交換と呼ぶのは、あまりに都合がいい。
だが、完全に無意味とも言い切れなかった。
何かを取るとき、その場に何かを残す。
その手順があるだけで、棚から剥がすときの手が少しだけ遅くなる。
採取場所。
そう呼んだ瞬間、町は急に冷える。
棚は物の山になり、店は倉庫になり、部屋は箱になり、誰かの生活だったものは資材になる。
そう見た方が実用的ではある。実用的だが、その見方を続けると、自分の手も物を剥がす道具だけになっていく気がした。
値段を合わせたことより、レジ台の前で手を止めたことのほうが、あとに残った。
そこに誰かがいた、あるいはいるはずだったという前提を、ぎりぎりまで残すための作法だったのかもしれない。
相手がいなくても、手だけが残る。
レジ台の上に置いた油性ペン。
棚の端に残した乾電池。
水場の脇に置いた布。
工具箱の中へ戻したねじ。
それらは誰にも向かわない。それでも、完全に自分だけへ向いているわけでもない。その中途半端さが、かろうじて交換の残骸だった。
ある日、彼は古い文具店でノートを三冊見つけた。湿気を含んでいたが、まだ使えた。
棚の下段に落ち、上から段ボールがかぶさっていたため、見落とされていたのだろう。
彼は三冊とも持ち帰りたかった。
だが袋にはすでに別の物が入っていた。水の容器に使えそうな小型ケース、布テープ、刃の残ったカッター替刃、紙袋。
ノート三冊は重くはないが、湿った紙は見た目よりかさばる。
彼は一冊だけ取った。
残り二冊の上に、短くなった鉛筆を三本置いた。
それを見て、少しだけ笑った。
誰が、何と、何を交換しているのか。
ノートを取った自分と、鉛筆を置いた自分。
過去の店と、今の拠点。
まだ使える物と、もう使い切りに近い物。
以前は、置いたものの向こうに、必ず誰かの手があった。
だが相手がいなくなったあと、人は自分の中に相手の形だけを残して、手続きを続けることがある。
その日、記録帳にはこう書いた。
ノート 1
代置 鉛筆 3
交換ではない。
ただ、取るだけにしないため。
書いたあと、しばらくその文を見ていた。
取るだけにしない。それは道徳ではなかった。正しさでもない。誰かに見られているわけでもない。むしろ誰にも見られていないからこそ、自分の手つきだけが残る。
値札の数字が効かなくなったあと、物を動かすのは肩の重さと帰り道だった。
だが必要と重さだけで動かしていると、いずれ自分も、必要と重さだけで測るようになる。
それを少し遅らせるために、彼は物を置いた。
交換はもう成立していない。成立していないのに、その形だけが残っている。その形に意味があるのかどうかはわからない。
けれど、意味がないと決めた日から、町は本当にただの倉庫になる。
彼はそれが少し嫌だった。
だから、次に何かを持ち帰るときも、たぶんまた何かを置くのだろうと思った。
誰にも届かないとしても。
誰も受け取らないとしても。
レジが動かず、値札が死に、釣銭が戻らず、礼も返らなくても。
交換は失われた。
ただ、置き返す手だけが、まだ残っていた。
だが、置いたものには、宛名がなかった。