廃れた大型店舗跡の外観
第二部 失われる骨格

第十章 交換

板を削ったときの白い粉は、しばらく爪の間に残っていた。その手で、彼は後日、薬局のレジ台に油性ペンを置いた。

最初に物を置いてきたのは、交換のつもりではなかった。

旧商店街の奥に、小さな薬局があった。看板は半分落ち、入口のガラスには細かいひびが入っていたが、内側の棚はまだ形を保っていた。

医薬品はほとんど残っていない。残っているのは、空箱、湿った説明書、使い道の曖昧なサポーター、色の褪せた栄養剤の瓶、それから包帯が一巻きだけだった。

包帯は、棚の奥に押し込まれていた。誰かが見落としたのか、必要なかったのか、それとも取る途中でやめたのかはわからない。包装は少し汚れていたが、破れてはいなかった。

彼はそれを手に取った。そのまま袋に入れようとして、少しだけ手が止まった。

レジ台が見えた。

カウンターの上には、古いレジスターがまだ置かれていた。電源は入らない。表示窓は黒く、硬貨を入れる引き出しは半分開いたままだった。中には10円玉が数枚と、錆びたクリップが残っていた。横には、ポイントカードの案内札が倒れている。期限も、会員番号も、今では何の意味もない。

彼は包帯を袋に入れたあと、ポケットから油性ペンを一本出した。未使用のものだった。

薬局で包帯を持っていく代わりに、レジ台の上に置いた。

等価ではない。そもそも、等価かどうかを決める相手がいない。包帯の値段はもう表示されていない。表示されていたとしても、それは以前の価格であって、いまの重さではない。

油性ペンも同じだった。書ける道具は貴重だが、傷を巻く布とは比べられない。どちらが高いかではなく、何に必要かが違う。それでも置いた。

置くことで、取ったことが少しだけ乱暴ではなくなる気がした。そう思ったあとで、彼はしばらくレジ台の黒い表示窓を見ていた。

店の中には誰もいない。誰も受け取らない。誰も礼を言わない。誰も釣銭を返さない。レジ台の上の油性ペンは、ただそこに残るだけだった。

次に来た自分が見るかもしれない。風で落ちるかもしれない。湿気で駄目になるかもしれない。

誰かの役に立つ可能性はゼロではないが、その誰かを想定すること自体が、もう少し嘘に近かった。

それでも、手は置き返した。

以前なら、手はここで止まらなかった。値札があり、会計があり、財布があり、釣銭があり、レシートがあった。買う側と売る側がいて、そのあいだに金額があった。高い、安い、得をした、損をした、という言葉は、レジの向こう側に置かれていた。

いまは、仕組みだけが抜けている。値札はまだ残っている。棚札も、バーコードも、レジも、金額表示も、領収書の束も残っている。だが、それらはもう物を動かさない。金額は数字として読めるが、判断には使えない。

298円の包帯と、120円のペン。そう書かれていたとしても、いまの世界ではその差が何を意味するのかわからない。必要なものは高くなる。必要でないものは、どれだけ高かったとしても軽くなる。それを高いとも軽いとも言ってくれる相手がいなければ、数字は棚札の上に残るだけだった。

別の日、彼は古いホームセンターの外売場で、園芸用の防水シートを見つけた。大きさは十分だった。屋上の補修に使える。

棚札には、かなり高い金額が印刷されていた。以前なら、買うかどうか少し迷ったかもしれない。今は迷わなかった。

そのかわり、持ち帰るまでの重さを考えた。

重さ、かさばり、帰路、雨の可能性、他に持ち帰るものとの兼ね合い。

金額の代わりに、身体と距離と手順が前に出る。物の価値は財布ではなく、背中と足に移っていた。

彼は防水シートを一枚だけ持ち帰った。残りはそのままにした。

全部を持ち帰れるなら持ち帰ったかもしれない。だが全部は無理だった。無理な量を見たとき、以前なら金額が制限になった。いまは身体が制限になる。買えないから諦めるのではなく、運べないから諦める。そこには、似ているようで違う冷たさがあった。

拠点に戻ってから、彼は持ち帰ったものを棚に置く前に、記録帳へ書いた。

防水シート 1
包帯 1 薬局
代置 油性ペン 1

代置。その言葉を自分で書いてから、少し変だと思った。交換ではない。支払いでもない。返礼でもない。誰にも届かない。

けれど、ただ取ったのではない、と自分の中で処理するために、何かを置いてくる。その行為に名前が必要だった。代置、と書くしかなかった。

それからしばらく、彼は外で物を取るたびに、置き返せるものがあるかを考えるようになった。水を取る代わりに、布を置く。紙を持ち帰る代わりに、古い乾電池を置く。工具を持ち帰る代わりに、余ったねじを置く。

意味があるとは思っていない。

置いたものが誰かに見つかる保証はない。見つかったとして、相手に必要なものかどうかもわからない。

むしろ、自分にとって不要になったものを置いているだけではないか、と思うこともある。不要なものを置いて、必要なものを持ち帰る。

それを交換と呼ぶのは、あまりに都合がいい。

だが、完全に無意味とも言い切れなかった。

何かを取るとき、その場に何かを残す。

その手順があるだけで、棚から剥がすときの手が少しだけ遅くなる。

採取場所。

そう呼んだ瞬間、町は急に冷える。

棚は物の山になり、店は倉庫になり、部屋は箱になり、誰かの生活だったものは資材になる。

そう見た方が実用的ではある。実用的だが、その見方を続けると、自分の手も物を剥がす道具だけになっていく気がした。

値段を合わせたことより、レジ台の前で手を止めたことのほうが、あとに残った。

そこに誰かがいた、あるいはいるはずだったという前提を、ぎりぎりまで残すための作法だったのかもしれない。

相手がいなくても、手だけが残る。

レジ台の上に置いた油性ペン。

棚の端に残した乾電池。

水場の脇に置いた布。

工具箱の中へ戻したねじ。

それらは誰にも向かわない。それでも、完全に自分だけへ向いているわけでもない。その中途半端さが、かろうじて交換の残骸だった。

ある日、彼は古い文具店でノートを三冊見つけた。湿気を含んでいたが、まだ使えた。

棚の下段に落ち、上から段ボールがかぶさっていたため、見落とされていたのだろう。

彼は三冊とも持ち帰りたかった。

だが袋にはすでに別の物が入っていた。水の容器に使えそうな小型ケース、布テープ、刃の残ったカッター替刃、紙袋。

ノート三冊は重くはないが、湿った紙は見た目よりかさばる。

彼は一冊だけ取った。

残り二冊の上に、短くなった鉛筆を三本置いた。

それを見て、少しだけ笑った。

誰が、何と、何を交換しているのか。

ノートを取った自分と、鉛筆を置いた自分。

過去の店と、今の拠点。

まだ使える物と、もう使い切りに近い物。

以前は、置いたものの向こうに、必ず誰かの手があった。

だが相手がいなくなったあと、人は自分の中に相手の形だけを残して、手続きを続けることがある。

その日、記録帳にはこう書いた。

ノート 1
代置 鉛筆 3
交換ではない。
ただ、取るだけにしないため。

書いたあと、しばらくその文を見ていた。

取るだけにしない。それは道徳ではなかった。正しさでもない。誰かに見られているわけでもない。むしろ誰にも見られていないからこそ、自分の手つきだけが残る。

値札の数字が効かなくなったあと、物を動かすのは肩の重さと帰り道だった。

だが必要と重さだけで動かしていると、いずれ自分も、必要と重さだけで測るようになる。

それを少し遅らせるために、彼は物を置いた。

交換はもう成立していない。成立していないのに、その形だけが残っている。その形に意味があるのかどうかはわからない。

けれど、意味がないと決めた日から、町は本当にただの倉庫になる。

彼はそれが少し嫌だった。

だから、次に何かを持ち帰るときも、たぶんまた何かを置くのだろうと思った。

誰にも届かないとしても。

誰も受け取らないとしても。

レジが動かず、値札が死に、釣銭が戻らず、礼も返らなくても。

交換は失われた。

ただ、置き返す手だけが、まだ残っていた。

だが、置いたものには、宛名がなかった。